猛暑日に考える、ECの未来。Shopifyが「カーボンオフセット」の先に見据えるエコシステムとは?
2026年7月20日、東京都心で今年初の猛暑日が観測されました。気象データ上は平年並みの梅雨明けとともにやってきた暑さですが、ヨーロッパや北米での記録的な熱波のニュースも重なり、「いよいよ今年も、あの過酷で長い夏が始まるのか…」と先行きに不安を感じた方も多いのではないでしょうか。
年々厳しさを増す暑さを肌で感じると、気候変動が遠い国の出来事ではなく、私たちの日常やビジネスのすぐそばにある現実であることを痛感させられます。
この記事でわかること
- → Shopifyが取り組む「永久炭素除去(Durable CDR)」の市場づくりと、その最新動向
- → 最低81円から参加できるPlanet・EcoCartなどの気候アクションアプリ
- → 支援先の破綻や納入率1割未満という「現実の壁」と、それでも開示を続ける姿勢
- → 日本の消費者データから見える、EC事業者が今できる一歩
デジタル技術が急速に発達する現代において、インターネットの利用そのものが環境に負荷を与えています。例えば、データ処理の爆発的な増加が懸念される「生成AI」はデータセンターの巨大な計算電力を消費し、「動画ストリーミング」は高画質なデータ通信によるインフラへの電力負荷が課題となっています。
では、私たちが日々利用する「EC(電子商取引)」はどうでしょうか?
ECの場合、サーバーの電力消費以上に大きな環境負荷となっているのが、注文された商品を家まで届ける物理的な物流(トラックや航空輸送)と梱包資材です。画面の中だけで完結するデジタルサービスとは異なり、「便利さ」の裏側で現実世界のCO2排出と深く結びついているのがEC特有の課題と言えます。
ビジネスを成長させながら、どうやって地球環境との持続可能な関係を築くのか。
この難題に対し、世界最大級のECプラットフォームであるShopifyは、従来の企業の枠組みをはるかに超えたユニークなアプローチで挑んでいます。
免罪符としての「相殺」から、テクノロジーを育てる「市場構築」へ
多くの企業が行う環境対策といえば、「木を植えて排出量を相殺(オフセット)する」という手法が一般的です。しかし、Shopifyの取り組み「Shopify Sustainability Fund(持続可能性基金)」は、その一歩先を行っています。
彼らが注力しているのは、単なる排出削減ではなく、大気中のCO2を1,000年以上未来まで封じ込める「永久炭素除去(Durable CDR)」技術の市場づくりです。
- 直接空気回収(DAC): 大気中から直接CO2を回収し、地中深くに結晶化して閉じ込める技術。
- 岩石風化促進(ERW): 玄武岩などの鉱物粉末を農地に撒き、雨水と反応させて炭素を海洋深部へ安定固定するアプローチ。
- バイオ炭・地中注入: 廃棄木材や有機廃棄物を熱分解・処理し、炭素を固定化して土壌や地層深くへ封じ込める技術。
これらの先端技術は開発コストが極めて高く、スタートアップ企業が事業として軌道に乗せるのが難しい「死の谷」が存在します。Shopifyは、まだ誰も買わないような高価格な段階からあらかじめ購入契約を結ぶことで、気候テック企業の商業化を後押しする「触媒」の役割を果たしているのです。
こうした気候テック企業との調達契約の総額は、これまでに1億ドル(約150億円)を超えています。さらに2022年には、StripeやAlphabet、Metaなどと共同で炭素除去の先行購入枠組み「Frontier」を設立。つい先月(2026年6月)には追加で9億1,500万ドルの資金拠出が発表され、累計コミットメントは18億ドルに到達しました。Frontier経由の炭素除去の納入量も2年連続で倍増するペースで拡大しており、新興技術の未来を自らの資金で力強く買い支えています。
最低81円から。誰もが「気候支援」に参加できるアプリ・エコシステム
Shopifyの取り組みで特に魅力的なのが、プラットフォームを利用する数百万の事業者(マーチャント)や購入者を巻き込むユニークな仕組みです。
代表的なのが、Shopify公式が提供する「Shopify Planet」アプリです。

事業者がこのアプリを自店舗に導入すると、商品が購入された際、発送にかかる配送距離や荷物の重量から排出量をバックエンドで自動算出。「最低81円から」(0.5米ドル相当)という低コストで炭素除去クレジットが自動購入され、その配送が実質カーボンニュートラル化されます。拠出額は任意に設定することもでき、たとえば「1注文あたり100円」といった設定も可能です。
一件あたりは小さな仕組みですが、その積み重ねはすでに大きなスケールに達しています。2024年には、Planetを通じて約2,400万件の配送がカーボンニュートラル化され、1.5万トンを超えるCO2排出が炭素除去によって処理されました。
さらに、Shopifyの魅力は公式ツールだけに留まりません。アプリストアにはサードパーティ製の有力な気候アクションツールが揃っており、事業者は自社のマーケティング戦略に合わせて最適なソリューションを選択できます。
たとえば、代表的なサードパーティアプリである「EcoCart」は、チェックアウト時のCO2相殺機能に加えて、「配送保護(破損・紛失補償)」やキャッシュバック機能、リアルタイムのCO2削減インパクトを表示するカウンターなどを一体化させています。環境への貢献度を可視化することで、顧客の共感を呼び、結果として購買転換率(CVR)やロイヤルティを高めるブランディングツールとしても機能しています。
こうした「仕組み化」が重要なのは、消費者の意識と行動の間に大きなギャップが存在するからです。日本の消費者調査では、環境負荷の少ない商品を「選びたい」と答える人が約6割いる一方、実際に行動へ移せている人は約3割にとどまります。SDGsの認知が広がる一方で「エコ疲れ」を感じる生活者が4割を超えるという調査結果もあり、いま求められているのは理念の押し付けではなく、「自分の行動が具体的な課題解決につながっている」という実感です。追加の手間なく参加でき、削減インパクトがその場で可視化されるアプリ・エコシステムは、この意識と行動のギャップを仕組みの側から埋めるアプローチと言えるでしょう。
本来、スタートアップが開発する最先端の炭素除去テクノロジーや気候プロジェクトに投資しようとすれば、莫大なコストと法的な手続きが必要です。しかしこうしたアプリを活用すれば、小さな個人ショップであってもワンクリックで世界最高水準の気候アクションに参加でき、買い手にとっても「このショップで買い物をすることが地球の未来を支える活動に直結している」というストーリーを体験できる面白い仕掛けとなっています。
理想の裏にある「現実の壁」と、逃げない姿勢
一見すると完璧に思えるShopifyの環境戦略ですが、その道のりは決して平坦ではありません。
2024年、海洋を活用した炭素固定技術で注目を集め、ShopifyやMicrosoftから資金支援を受けていた気候テック企業「Running Tide社」が、資金枯渇により突然の事業停止・破綻に追い込まれました。世界トップクラスのバイヤーがバックについても、黎明期の技術を実用化し、安定したサプライチェーンを構築することがいかに困難であるかを突きつける出来事でした。
その難しさは、数字にも表れています。Shopifyが契約した炭素除去は累計約19万トンにのぼる一方、2024年末までに実際に納入が完了したのは約1.6万トン、率にして1割未満です。どれだけ資金を積んでも、技術が商業スケールで安定稼働するまでには長い時間がかかる——それが炭素除去市場の現在地です。
また、ECの拡大に伴う「配送」の脱炭素化も大きな壁です。長距離配送に必要な航空便の燃料を環境負荷の低い「サステナブル航空燃料(SAF)」へ切り替える試みも始まっていますが、世界的な供給不足や国際的な会計ルールの未整備など、一企業だけでは解決できない課題が横たわっています。
しかし、Shopifyの姿勢で特徴的なのは、「完璧でないからといって沈黙しない」というスタンスです。
批判を恐れて完璧になるまで沈黙する「グリーンハッシング(環境黙秘)」に陥るのではなく、失敗のリスクや納入の遅れといった途上の課題も含めて年次レポートでオープンに開示(先ほどの納入率も、同社自身が公表しているデータです)。失敗を恐れずに気候テック市場のルールづくりや標準規格(プロトコル)の策定に自ら参画しています。見せかけの環境対応(グリーンウォッシング)を回避し、透明性をもって挑み続ける姿勢こそが、彼らの真の強みと言えます。
これからのECビジネスに求められる視点
猛暑日を迎えるたび、私たちはビジネスと地球環境の持続可能性について考えさせられます。
Shopifyが示しているのは、「環境配慮は企業のコストや義務ではなく、未来の市場を創るための投資である」という強いメッセージです。テクノロジーの力で事業を成長させつつ、そのプラットフォームやオープンなエコシステムを通じて社会的価値を波及させていく仕組みづくりは、これからのすべてのデジタルビジネスにとって大きなヒントになります。
そしてこれは、日本のEC事業者にとっても決して遠い話ではありません。国内のエシカル消費市場はすでに約8兆円規模と推計されており、「持続可能性への姿勢」はブランド選択の一要素になりつつあります。Shopifyストアであれば、PlanetやEcoCartのようなアプリを数クリックで導入でき、明日からでも「気候アクションに参加するショップ」としての一歩を踏み出せます。
実は、環境配慮型の行動をすでに実践している消費者にその理由を尋ねた調査で、最も多かった回答は「気象変化を実感したから」でした。厳しい暑さを肌で感じている今この瞬間こそ、作り手にとっても買い手にとっても、未来への選択を考える最良のタイミングなのかもしれません。
参考・出典
- 2024 Climate Report(Shopify)
- Shopify committed more to climate technologies in 2024 than ever before(Shopify)
- Planet ― Carbon-neutral shipping(Shopify App Store)
- Frontier Raises Over $900 Million for Carbon Removal Investments(ESG Today)
- 生活者のサステナブル購買行動調査2025(博報堂)
- サステナブルな社会の実現に関する消費者意識調査結果(BCG)
本コラムの内容・数値は2026年7月時点の公開情報に基づいています。Planetの料金や各プログラム・調査の内容は今後変わる可能性があります。